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2008年2月18日

我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医の無罪を信じ支援します。−2.18によせて−

『新小児科医のつぶやき 』のYosyan様の呼びかけに賛同します。
また、『勤務医 開業つれづれ日記』の中間管理職様も、自ブログのコメント欄での参加を呼びかけておられます。
お二人のブログには、いつもいつも勉強させてもらってます。ありがとうございます。


2年前のあの事件は本当に衝撃的でした。
医師となってこのかた、「医師は現場で全力を尽くすことが本分」と考えてきました。それは今も変わってはいませんが・・・。

あの事件を境に変わったことがあります。
それは、「医療を俯瞰する視点」といったものです。
それまでは、元々の関心の薄さ、日々の診療、専門分野の医学知識のアップデートなどに紛れ、関心の範囲は目の前の患者、自分の診療分野、自分の属する医療機関・医療圏くらいまでに限られていました。事件後、社会と医療との関係をずいぶんと意識するようになりました。

2.18以後、日頃漠然と感じていた疑問・不安が全国で当たり前にあることや、医療者の理不尽に過酷な勤務状況が何処でもそうであることを知りました。医師数抑制・医療費削減等の国策、安心・安全・24時間コンビニ医療等の要求の肥大、そういった相反する課題の矛盾が現場に集約、しわ寄せされ、医療が疲弊、破綻しつつあることを知りました。
大手報道メディアが決して伝えない、そのため知りようもなかった現実を、インターネットや著作を通じて知りました。真剣に医療の危機を訴え続ける志ある方々の活動を知りました。

しかし、その一方で、国、大手報道メディアの変わらない姿勢に失望もしました。医療の破綻が産科・小児科・救急分野で顕在化し始めると、現場を非難・叱責する声がますます強くなりました。その結果、さらに崩壊が加速される様に絶望しました。現場だけを責めて溜飲を下げる世論に辟易しました。

もう、駄目だな、と思いました。何とかなる、というタイミングはとうに逃した、と感じました。

・・・・・。

今も「医師は現場で全力を尽くすことが本分」という気持ちは変わっていません。
ただ、私の「現場」は変わりました。
地域の基幹病院だった二次救急医療施設を離れ、いまは民間のクリニックで働いています。
医師になって初めての当直もオンコールもない生活です。救急外来もありません。救急車のサイレン音にピクっと反応することも、オンコールに備えて携帯を常時(トイレ、浴室まで)持ち歩く必要もなくなりました。
常時緊張している必要がなくなり、血圧が170から130mmHgまで自然に下がりました。慢性の頭痛も消えました。

もう、急性期病院での勤務には戻らないと思います。
1晩10台の救急搬送+50人のウォークイン患者の当直を1人でこなす体力も気力も、今はありません。


福島大野病院事件で、K医師は、医師としてできる最善を尽くされたと思います。
亡くなられた妊産婦のかたには、心からご冥福をお祈りします。また、遺族の方々の悲しみが少しでも早く癒されることを願います。
しかし、それはK医師を処罰して得られるものではないと思います。

日本の妊産婦死亡率、周産期死亡率、乳児死亡率は、医療者の努力の結果、世界的に見てもきわめて優秀です。でも、ゼロにはなりません。どれほど医学が進んでも、生体自体に由来するリスクはゼロにはなりません。加えて、医療行為自体が元来、生体に対する侵襲・リスクを伴います。それが受け入れられないのであれば、医療行為自体が成立しなくなります。それは、医療そのものの死であり、全国民が不利益を被ります。

「医療」は数多くの人員、設備、ルールから成るシステムであり、医療事故の直接の関与者となった医師や看護師らは、多くの場合、事故原因の一部に過ぎません。「医療の安全性向上のため」「今後の医療被害を減らすため」と言って直接関与者だけを一罰百戒と処分していても、システム全体の問題として改善されなければ安全性は向上しません。それどころか、医療者を打ちのめし、医療現場を破壊するだけの逆効果になるかもしれません。

医療者が故意に患者に被害を与えた場合、法によって裁かれるのは当然です。しかし、それ以外の通常の医療行為のなかでの事故・被害については、その被害の軽重によって特定の医療者を処罰する、しない、ということはすべきでないと思います。
医療者を社会保障の貴重な資源と見れば、ただ一度の事故によってその資源を失うのは社会全体にとって大きな損失なはずです。むしろ、医療システム全体の問題としての事故分析が行われ、もし医療者自身に、判断力・技術力などの問題点があれば、再研修プログラムを施し、以後も社会保障を支える一員として働いてもらう、というのが望ましい姿だと思います。
しかし今のところ、処罰ではなく安全性向上を目的とした事故分析機関も、医療者の再研修プログラムも、事故にあった患者・家族へのケアや金銭的補償を行う制度も、この国には存在しません。

私の専門分野は消化器内科です。胆管結石の治療のため内視鏡的切石術をしたり、閉塞性黄疸に対して内視鏡的胆道ドレナージ術や経皮経肝胆道ドレナージ術をします。偶発症として、出血や急性膵炎が起こることがあります。きわめて稀ですがこういった偶発症で死に至ることもある治療法です。術後膵炎発症のメカニズム自体が十分解明されていないので100%の膵炎予防は不可能ですし、粘膜下の血管は見えませんから100%の出血予防もできません。それでも、より低リスクな代替治療法がなく、また治療効果が優れているため、この治療法は定着しています。
しかし、福島大野病院事件を機に、こういった医療界では十分コンセンサスを得ていると思っていたことが、社会一般・報道メディアには受け入れられないかもしれない、と感じるようになりました。
いつか自分が犯罪者と呼ばれる立場になるかもしれない、と本気で心配するようになりました。

ちょうどその頃、私は体力的に急性期病院の勤務がきつくなってきたうえ、自身と家族の健康・疾病などの問題もあり、進路に迷っていました。
福島大野病院事件は、そんな私の背中をトンと押してくれました。キャリアとか専門医の誇りとか意地とか全部捨てる決心がつきました。
多分、生涯忘れないと思います。

K先生の心中を慮る報道メディアは皆無ですが、先生を応援している方達は大勢います。どうか希望を失わないでください。


おまけです。
医療事故に関しての私のおすすめ本です。
  • 『医療事故』 山内桂子/山内隆久著 朝日文庫¥580+税
  • 『新たな疫病「医療過誤」』 ロバート・M・ワクター/ケイヴェ・G・ショジャニア著 福井次矢監訳/原田裕子訳 朝日新聞社 ¥2400+税
  • 『医療が悲鳴をあげているーあなたの命はどうなるか』 近藤喜代太郎著 西村書店 ¥952+税

自分のブログ内エントリーですが、日本の妊産婦死亡率、周産期死亡率、乳児死亡率のデータはここ(「グラフで見る 日本の産科・小児科医療の優秀さ」)にあります。ご参考までに。

4 コメント:

Dr. I さんのコメント...

酷い話ですよね、この事件。
ほんとに、この事件以来、日本の医療崩壊が加速的に進みましたから。

今後、二度とこんな事が起こって欲しくないです。

維谷 さんのコメント...

Dr.I様 コメントありがとうございます。
同感です。
本当に、もう二度とこのようなことを事件にして欲しくないと思います。
しかし、司直や社会一般が、
 医療事故=なにか犯罪、過失があったはず
という認識を変える可能性もない気がします。
後ろ向きですみません。

山口(産婦人科) さんのコメント...

病院勤務を一人で続ける、絶滅危惧種産科医です。

 私と彼の違いは、「丸投げ可能な都会かどうか」と言うだけで、技術的にはK医師より私の方がはるかに劣ります。彼がベストを尽くした結果が有罪なら、私も引退です。

維谷秋哉(これたに しゅうや) さんのコメント...

山口様
一人産科は大変ですね。御身を大切にしてください。
私見ですが、今は、リスク管理を考慮した医療が求められていますので、判決の結果を踏まえ、医師がリスク管理に基づいた行動を取ることは医学的にも正しいことであり、推奨すべきことと思います。